http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110901/plc11090112060016-n1.htm
菅さんは、市民団体経由で北朝鮮を援助したと言う疑惑が有った。
これで、自らそれを証明したようなもんだな。こういうのを墓穴を掘るとか、イタチの最後っ屁などというのかもしれない。それにしても、日本人が、自国を脅す相手国に、ワザワザ凶器を提供するとは、あきれたものだ。
菅さんの思想は、日本転覆を狙い、北で英雄に成れるとでも思っていたのだろうか?
昭和初期に、アカと呼ばれていた人達と、一体どこが違うのだろう。
初心貫徹という意味では、褒める事は出来ても、その社会性は、あまりにも時代錯誤ではないのか?
私の師匠は「地球民族主義」と言った。
その哲学は「包容力」の拡大であり、性善性悪折中の人間尊重だった。
世の中には、全悪人も全善人もいない。
人は双性折中だと語り、ここでの相互理解こそが、共生や共有への「融和」が発生すると言う。これを「奪苦与楽」と語っている。
人は相互に、苦しみを和らげ、楽しみを与え合う事と語っている。
「欲」にも奪う欲と与える欲の二面性が有る。
「欲」を抹殺する事は出来ない。
ならば、これをどのように自己操作するか、ここに個人の根となる思想・哲学の影響がある気がしてならない。
菅さんは動乱の英雄かもしれないが、静和の破壊者でしかなかったのか。
思想哲学の必要性が叫ばれ時既に久しい。
今後も心したいと思う。
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